昨年のほぼ同時期、中国経済の回復の遅れを象徴する存在として、茅台酒(以下、マオタイ)の値崩れが起きている、という内容の記事を投稿しました(前・後編の2投稿)。
▼[中国マーケティング見聞]中国のマーケティング専門家による「茅台酒」ウォッチ(前)
▼[中国マーケティング見聞]中国のマーケティング専門家による「茅台酒」ウォッチ(後)
上記は、中国のマーケティング専門のメディアを主催している李東陽氏という方のコラムをご紹介したものだったのですが、1年が過ぎ、李氏が「値崩れがさらに進行している」として市場の状況について分析を更新していました。
マオタイ、及び、マオタイが属する白酒業界全体がより厳しい局面にあるようです。
ただし、なぜか企業としての貴州茅台社の業績は好調を維持しているようで、その点は不思議ではありますが、色々仮説は考えられそうです。もっとも、この点はコラムでは深掘りしていませんが。
コラムでは、特に2025年に入ってからの価格下落の現状を紹介し、その根本的な要因は昨年の分析内容とはさほど変わらないものの、若干の新たな動きなども紹介されています。
以下、生成AI(DeepSeekとQWEN)の和訳をベースに、日本人にとって読みやすいように整えたものとなります。
序:マオタイ、厳しい価格下落の局面へ。
「最高級のラグジュアリーブランドは?」、「市場で最も強い通貨(ソーシャルカレンシー)は?」ーーそんな質問に対して中国人が思い浮かべる答えは様々であろう。
しかし、「茅台」は外すことのできない強力な選択肢である。
“万顷明珠一瓮收,君王到此也低头”
(一万粒の真珠が収められた一本の瓶を前にしては、王でさえ頭を低くする)※1と詩に詠われたマオタイは、千年以上の歴史の長河を悠々と流れてきた。マオタイは今や単なる酒ではなく、人の情が濃縮され詰まった、金融商品の本質を内在する商品なのだ。
しかしながら近年では、「価格下落」のどんよりとした雲がマオタイの頭上に漂い続けている。
『酒価格公開情報(今日酒价公众号)』によると、「飛天茅台」1本の価格は箱付きタイプで1,680元、バラ売りタイプが1,655元となっており、もはや消費のピークにあっても価格を押し上げる力を持っているとは言い難い。
かつて、投資対象として魅力があり、インフレにも強いなどと言われ、マーケットでは最強の通貨と評価されてきたマオタイだが、今や価格崩壊の危機にある。
この価格下落の直接的な原因は、現在の経済情勢に求められる。
「マオタイの価格は、経済・消費の今を映し出す鏡である」と言われている。高級品の消費が縮小し始めれば、関連産業にもその影響は及ぶ。マオタイも、ついに「天上界」から「凡人の世界」へ下りてきたのである。
【※1】この詩は、茅台酒に関連付けて引用されたもので、1862年に太平天国軍の石達開将軍が、貴州の黔西市を通る際に、苗族から歓迎を受け、地中に長期間貯蔵され高貴な味へと熟成した醸造酒を出され、感激し読み上げたという説がある。
01.マオタイの長い冬。
かつて、マオタイの転売(中国語で「炒茅台」)は、絶対に損しないビジネスと信じられていた。人々は、マオタイを飲用の目的ではなく、資産運用のために争い買い求めていたのだ。
メディアの分析によると、マオタイの開栓率(開栓され、実際に飲用される割合)は約50%に留まると言う。
ほとんどの購入者が「価値の上昇」を期待して購入したのだ。
そして実際に、マオタイは人々の信頼を裏切らなかった。一般の金融商品を大きく上回る、年利10~12%のリターンを実現してみせた。
しかし、消費財が金融商品としての性質を帯びた瞬間から、バブルはいつか弾ける運命にある。
2025年初頭までは、マオタイの価格は「2,315元」で踏ん張っていた。当時、多くの人々は「これは一時的な市場調整に過ぎない。すぐに反撃・再上昇するはずだ」と信じていた。
だが、現実は容赦ない。
今年の「独身の日(11月11日)」セールでは、拼多多などのECプラットフォームで、「飛天茅台」の小売価格が1,499元を下回り、一部のライブ配信では1,399元、さらには1,299元という価格まで出現した。
(試しに、SNS「小紅書」でマオタイを検索すると、確かに1,499元での販売情報や、マオタイの価格下落を伝えるショート動画などが見つかりました。/画像はN22追記)
この光景を目にしたディーラーは涙した。転売業者(いわゆる「黄牛」)の心は折られ、マオタイをひたすら買い溜めてきたコレクターたちは、完全に崩壊した。
実は茅台の価格崩壊には前兆があった。2024年、「飛天茅台(53度500ml)の市場価格は、2,500元の「均衡ライン」、2,400元の「関門」、さらに2,200元の「ディーラー最低ライン」を次々と割り込み、2,000元台へと急落。
そして、今年に入ってからは、ついに「テーブルをひっくり返す」勢いで、1,000元台をうかがうまでになったのだ。
しかし一方、公表された財務報告は、まったく別の様相を呈している。
マオタイ酒の販売・製造元である貴州茅台社が2025年上期に発表した中間決算によると、売上は910.94億元(前年同期比9.16%増)、営業利益は893.89億元(同9.10%増)、上場会社株主に帰属する純利益は454.03億元(同8.89%増)に達した。
この純利益額から計算すると、同社は2025年上半期だけで1日平均2.5億元の利益をあげている。
だが、人々が最も気にかけているのは、「マオタイの価格下落は、果たしてどこまで続くのか」という一点である。
まず第一に、価格下落は、経済低迷という“寒気”がもたらした最も直接的な結果だ。
過去1~2年間、インターネット大手企業による給与削減やリストラのニュースが市場を覆い、中小企業はますます財布の紐を締めてきた。企業がコスト削減を進め、ビジネス接待や贈答需要が縮小し、白酒業界に打撃を与えている。
「消費グレードダウン(消費の質を落とす)」の風潮により、消費者は、白酒のような「あってもなくてもいい」商品を、まず最初にカットする対象としている。
白酒は消費属性と社交属性を併せ持つ商品だ。景気の良い時代には大きな賞賛を浴びたが、緊縮時代にあっては、かつての賞賛の程度と同じぐらいの冷たい視線を浴びる宿命にある。
02.ディーラーと転売業者が最大の被害者。
マオタイだけではなく、白酒業界全体が、まるでバナナの皮を踏み続けているかのように転び続けている。
外部環境の変化に加え、白酒業界内部にも長年蓄積された問題がある。
ここ数年、大手企業が過剰な増産を行い需給バランスが崩れ、中小ブランドが追随して中低価格帯市場で激しい価格競争(内卷=企業間で低利益での不毛な争いが繰り広げられ、互いに成長のない消耗戦にある状態)が発生した。
価格コントロールにおける失策、在庫圧力、そしてECの台頭などの複合的要因の下で、ディーラーたちはやむを得ず安値で商品を放出したが、これにより、市場はさらに混乱を深めている。
今回の価格下落を、ある意味で、業界が自らの病を治すための「治療過程」と捉えることも可能かもしれない。この痛みは避けられないもので、深く、徹底的に経験しなければ、根本的な問題解決は得られない。
マクロの視点で見ると、マオタイの「価格信仰」が崩壊した要因には、消費マインドの回復遅れや消費者の合理化志向の高まりに加え、ディーラーや転売業者の存在も「功績(?)」が大きい。
かつての「マオタイは飲むためのものではない」という言葉は、決して冗談ではなかった。実際、多くの在庫はディーラーや転売業者が握っていた。しかしECチャネルの台頭が伝統的流通の価格体系を崩壊させ始めた。
卸売価格が下落する中、多くの転売業者や個人投資家がパニックに陥り、保有していたマオタイを一斉に市場に放出。大量の在庫が一気に市場へ流れ込み、それが価格崩壊の「最後のとどめ」になった。
こうして悪循環が始まった。ディーラーたちは資金回収のために赤字覚悟で値下げし、ECプラットフォームはそうした在庫を仕入れ、集客のためにさらに安値で販売。その結果、かつて一般庶民には手が届かなかったマオタイが、今や手が届く存在になってしまった。
さて、ここで最も重要な問いは、「マオタイは1,499元という価格ラインを守れるのか?」だ。
白酒業界の“天井”ともいえる茅台が、もし自らの価値体系を維持できなくなれば、他のブランドも追随して価格を下げざるを得なくなり、市場全体が一気に崩壊する可能性がある。
そのためマオタイは近年、マーケティングに力を入れ、若者向けの販売戦略を実行してきた。luckin coffee(瑞幸珈琲=ラッキンコーヒー)とのコラボ、グッズ展開、干支シリーズの投入など、すべては価格体系を再構築するための試みだ。
こうした動きは今も続いている。2025年6月、茅台グループ総経理の王莉氏がチームを率いて北京・浙江を訪問し、京東(JD.com)やアリババと会談。さらにいくつかの省・自治区の伝統的ディーラーを招いた座談会を開催し、「マーケティング状況の把握」「市場状況に対する科学的分析」「対応策の体系的検討」を通じて、「ディーラーの信頼回復」「新たな協業・利用シーンの開拓」「価格の安定化とプラットフォーム管理の強化」など、3つのメッセージを発信した。
03.若者がマオタイを救う日は来るだろうか?
近年、ネット上でもリアルの場でも、あらゆる世代の人々の間で議論されるテーマがある。
——「なぜ若者は白酒を飲まなくなったのか?」
どんな業界、商品でも、「若者向け」という視点で改めて考察を加えられた時、それまでの“常識”の矛盾点が浮き彫りになる。
こんなブラックジョークが話題になったことがある。
⌘
株主総会にて・・。
質問:90年代、00年代以降の世代は白酒がどんどん嫌いになっている。この課題について、茅台社としてどのように対応するつもりですか?
答え:2000年生まれの人が大人になって40歳になれば、自然と白酒が好きになります…。
⌘
若者が白酒を敬遠する理由は多岐にわたる。第一に、「酒席文化(酒にまつわる強制的な社交)」への反発がある。
これは、多くの中国人が頭を悩ませる難題で、しばしば人間関係や利益が酒席と結びつけられ、ちょっとした誤りから、トラブルに発展する。多くの人々はこれを“悪しき文化”と見なし、そのしきたりに馴染むことを拒んでいる。
第二に、もっとも単純な理由——「白酒はそもそもまずい」のだ。
醤香・濃香・清香※2など、どんな香りを謳おうが、喉を通る瞬間に脳天まで突き抜けるあの刺激は、多くの若者にとって苦痛以外の何物でもない。
「アルコール度数が高いほど格好いい」という価値観も、若者にとっては理解不能な幻想でしかない。
実は、マオタイの価格下落には、悪い面以外のポジティブに捉えられる面もある。
価格下落により、「酒席文化」から「酒文化」への移行が進む一面もあると言える。
かつてマオタイが最も際立っていたのは、その「社交属性」だった。ビジネスの場でマオタイがテーブルに出されれば、それは「この会食を重視している」という意思表示となり、商談をスムーズに進めるための初手となった。
だが、その見栄や体裁に強く結びついた存在こそ、若者層に最も嫌悪される要素でもある。
若者たちが酒を嫌いなわけではない。SNS上では「仕事終わりのほろ酔い(下班微醺时刻)」を楽しむ投稿が溢れているし、最近ではコンビニでカクテルを楽しむ“コンビニ調酒”ブームも起きた。
(SNS「小紅書」で「茅台 下班微醺时刻(仕事終わりのほろ酔い)」と検索すると、1,499元でマオタイを購入した30歳・独身という女性がマオタイを使いカクテルを自作するショート動画が見つかりました。/画像はN22追記)
実際、今年に入って酒造メーカー各社はこぞって低アルコール酒を新発売し、中には、クラフトビールにまで手を広げる企業も出てきた。若者に寄り添うための重要な一歩と言えるだろう。
だが同時に、白酒と若者の間には依然として大きな溝があり、マオタイも例外ではない。
というのも、白酒はそもそも若者をターゲットにしていないし、白酒が語る物語も、若者のためのものではない。そのため、一部のヒット商品が登場したとしても、業界の根本的構造を変えるには至らない。
しかし、酒造メーカー各社は、若者をターゲットとした各種戦略を真剣に進めざるを得ない。それが、今後20年の業界の行方を左右するからだ。
未来を確かなものとするためには、まず今この瞬間、「夢」を創造する必要がある。
どのような製品と物語で、若者の心に期待を植え付けるのか——それが今、各メーカーに求められている課題なのである。
【※2】醤香は「上品でまろやかな香り」、濃香は「各窖(白酒を発酵させる穴蔵)特有の香り」、清香は「クセがなくやわらかくさっぱりした香り」(日和商事サイト「乾杯白酒」参照)
(参照記事:「茅台跌破1499元,一个时代结束了!」(マオタイ価格が1499元を下回った。ひとつの時代が終わりを告げた」




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